生殖医療の今
AID(非配偶者間人工授精)
環境生殖学
生殖の壁
はじめに 子宮筋腫や子宮内膜症、子宮腺筋症などの女性特有の病気が増えています。これらの病気があるとわかったとき、自分は子どもが産めるのだろうか、と不安な気持ちになった方も少なくないでしょう。これらの疾患は必ずしも不妊や流産に結びつくものではありません。しかし、どういうときに前もって治療が必要になるのか、合併妊娠のリスクはどういうものか、といったことを知った上で、この先のライフコース設計をしていくことは大変重要なことだと思います。 婦人科疾患を持ちながら妊娠をめざすのに必要な知識と心構えを中心に解説いたします。当面妊娠の予定がない人、今すぐ妊娠したい人、すでに不妊治療を受けている人、それぞれがそれぞれに合った治療法を選ぶための手がかりを得て治療に望んでいただけたらと思います。
1.子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症を知る
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症などの診断を受けられた経験がおありだったり、これら疾患に関心の高いか方に、まず次の質問から始めましょう。
Q1.子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症ともに病名に子宮がつきますが、子宮内部にできる病気はどれでしょう。
1)子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症すべて
2)子宮筋腫・子宮内膜症
3)子宮筋腫・子宮腺筋症
4)子宮内膜症・子宮腺筋症
5)子宮筋腫だけ
図1. 子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症の相互関係
三者ともにエストロゲン依存性疾患で症状も類似している。
答えは、(3)です。
子宮筋腫
子宮筋腫は女性の3人に1人はもっていると言われるくらい、多いものです。そもそも、子宮は伸び縮みできる筋肉(平滑筋)からできていますが、子宮筋腫は子宮にできる筋肉のこぶということができます。子宮内膜症と同じで、月経に関係したいわゆるエストロゲン依存性疾患といわれるものです。 子宮筋腫はできる場所によって粘膜下筋腫と筋層内およびしょう膜下筋腫に分類されます。粘膜下筋腫に対しては子宮鏡下手術による核出術が適用されます。従来開腹でおこなわれた後者の根治手術(子宮全摘術)と保存手術(筋腫だけ切り取る筋腫核出術)も腹腔鏡下手術が応用されます。
子宮内膜症
子宮内膜症は子宮にできる病気ではありません。子宮内膜が子宮以外の場所に発育する不思議な病気です。卵巣にできてチョコレート嚢腫と呼ばれる腫瘍を作ることがよくあります。 子宮内膜症がどうして発生するのかは今でも解明できているわけではありません。要因として、昔からあげられているものに、月経時に子宮内膜が月経血と一緒に卵管を通って逆流するという「子宮内膜移植説(逆流説)」があります。逆流した月経血の刺激で腹膜が子宮内膜に化ける「化生説」も有力です。いずれにしても子宮(子宮内膜)の存在とエストロゲンの活発な分泌が、骨盤内に子宮内膜症ができるために必要です。ただし脳や肺にできる子宮内膜症や男性にごく稀に生じるものはこれだけでは説明しきれません。そこで発生の初期に子宮内膜の「芽」がさまようという「迷入説」などもあります。
子宮腺筋症
子宮腺筋症は子宮内膜症の一種と考えられていました。実際に顕微鏡でみると本体は子宮内膜組織であり、子宮内膜症と区別できません。子宮腺筋症は子宮内膜組織が子宮筋層内にできるものであるということになります。 以前は子宮腺筋症は子宮の中にできた子宮内膜症という定義がされており、今でもそう考えている方もおられます。皆様は子宮腺筋症は子宮内膜症に類似するが、一応別の疾患とお考え下さい。
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症はいずれも月経困難症や過多月経を起こすことがあり、症状も似通っているエストロゲン依存性疾患であることは変わりありません。それぞれが合併することも少なくありません。
なぜ増えているか。なぜ若年化しているかを考えましょう。
答えは女性のライフスタイル、ライフコースの変化にあるといえます。月経=エストロゲンに被曝する時期が早まり、期間が長くなったことが大きな要因です。子宮筋腫の治療を例にとれば、一昔前は筋腫は40代の女性が多く煩い、子宮全摘手術がよくおこなわれてきました。ところが、最近では、月経が始まる初経年齢が低下しエストロゲン依存性疾患の子宮筋腫の好発年齢も低下傾向にある中、いざ妊娠しようという時に子宮筋腫が発見されることが大変増えてきているように思います。また逆に、妊娠出産が子宮筋腫発生のリスクを下げるという報告もありますので、妊娠や出産年令があがれば、その前に子宮筋腫ができてくるということもおこります。ですから、子宮筋腫は20代30代の女性の病気にシフトしつつあるということもできます。
子宮内膜症も稀な病気から、生殖年齢にある女性が受療する一番頻度の多い病気へと変化しました。「逆流説」に依れば、月経の逆流する機会が増せば増すほど、リスクが高まります。一定の年齢、例えば30才の時点で、子宮内膜症に罹患している割合は、初経年齢(12才、15才、18才)月経周期(25、30,、35日型)、出産回数(0、1、2回)などでどうかわるでしょう。皆さんも考えて下さい。
2.子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症と妊娠―不妊・流産との関係は
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症と妊娠の関係はやや複雑です。大きな誤解もあるかもしれません。次の質問を考えましょう。
Q2.子宮筋腫・子宮内膜症と妊娠しにくさ(不妊)とはどのような関係だと思いますか。
1)子宮筋腫も、子宮内膜症もあると妊娠できない。
2)子宮筋腫があると妊娠できないが、子宮内膜症は不妊とは無関係。
3)子宮筋腫は不妊と無関係、だた子宮内膜症があると妊娠できない。
4)子宮筋腫も子宮内膜症も不妊の原因にはならない。
5)子宮筋腫は不妊の原因になることがあり、子宮内膜症も不妊と関係がある。
図2.子宮内膜症の進行期
エピソード1.
激痛ーチョコレート嚢腫の破裂
「子宮内膜症ということですが、ご病気の経過を話して下さい」
「あの日、急におなかが痛くなり、立っていられなくなり、這うように近くの病院にいきました。盲腸だということで救急手術を受けることになりました」
「おなかを開けたら、ドロドロのチョコレート状のものが溜まっていたといわれませんでしたか」
「そうですが、どうしてわかるのですか」
「チョコレート嚢腫の破裂は盲腸(虫垂炎)と症状などが類似して、よくまちがわれるのです」
Dさんは当時28歳、少し生理痛が強くなったかなと思ってはいました。しかし仕事が忙しく、産婦人科で検診を受けることは考えてもいませんでした。そのあいだに子宮内膜症ができて、チョコレート嚢腫がだんだん大きくなっていたのです。その日、嚢腫の表面の一部に破綻が起こり、ドロドロした中身がおなかの中に漏れだしたから大変です。腹膜が刺激されて、痛みとともに発熱や白血球の増加も起こります。虫垂炎と同じような症状が起こりますので、あらかじめ子宮内膜症とわかっていなければ、虫垂炎と診断されることが少なからずあります。
このときは子宮内膜症の診断はつかず、おなかを閉じられたので、子宮内膜症の病変はあちこちにひろがってしまいました。その後Dさんは子宮内膜症の激痛に苦しむことになります。月経のときだけでなく、排卵の前後にも痛みが起こり、苦しい痛みとの戦いが始まりました。そして巡り巡って私のところに紹介されてこられたのです。
さまざまな薬物療法や手術治療を経験されたDさんは、本書『授かる』の出版をご相談したところ、日頃から自分のからだにこころを配ること、敷居は高くとも勇気を出して診療を受けることの大切さをメッセージとして送ってくれました。
[『授かる』(朝日出版社)平成16年10月30日刊行より引用]
Q2を考えていきます。
結論からいきます。
子宮筋腫は存在するだけでは、ほとんどが、不妊の原因になりません。粘膜下筋腫等ある程度特殊な場合に不妊や流産の原因になります。概していえば、月経困難症、過多月経等の症状が強い場合は、妊娠もしにくいということができます。
子宮内膜症はもっと複雑です。
子宮内膜症が卵管の癒着等を起こせば不妊の原因になります。逆に不妊状態が続くと、子宮内膜症ができてくる。つまり不妊の結果という考え方もあります。
子宮腺筋症も必ずしも不妊原因となるわけではありませんが、子宮の中に異質の塊があるので子宮筋腫と同様、症状の強い場合は妊娠しにくくなることもあります。
答えは、(5)です。
生殖医療(assisted reproductive technology: ARTと略す)は大きな発展をしています。体外受精で妊娠される方は1万人以上、日本で生まれるお子さんの1%以上がARTによる出産です。高齢の方にも実施されています。子宮筋腫、子宮内膜症、子宮腺筋症をもたれた方にも多数実施されます。また一部外国では非配偶者間体外受精が実施され、他人の卵子を使用して妊娠出産される方も少なくありません。それらの成績からわかってきたことがいろいろあります。
卵巣は相対的に年をとるのが早い。40才前後から体外受精で採取される卵子の数や質が低下します。
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症が合併しても妊娠率に影響を与えないことが多い。
年をとれば、身体も年をとるが、子宮も少しずつ年をとる(60才で他人の卵子で妊娠すると身体や子宮に負担がかかる)。
3.妊娠・分娩と子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症
不妊と子宮筋腫・子宮内膜症は関係する場合とそうでない場合があることはわかりました。子宮筋腫・子宮内膜症があっても知らずに妊娠される方もあれば、子宮筋腫・子宮内膜症を治療してようやく妊娠されるかたもあります。それぞれの妊娠・分娩が子宮筋腫・子宮内膜症に何らかの影響を受けるのか、逆に子宮筋腫・子宮内膜症が妊娠経過や分娩にどう影響するかが問題です。
Q3.妊娠して初めて子宮筋腫や子宮内膜症(卵巣チョコレート嚢胞=嚢腫)が発見された場合はどうでしょう。
1)子宮筋腫も、子宮内膜症もみつかったら妊娠中に手術する。
2)子宮筋腫は手術するが、子宮内膜症は手術しない。
3)子宮筋腫は手術しないが、子宮内膜症は手術する。
4)子宮筋腫も子宮内膜症も手術しない。
5)卵巣嚢胞は子宮内膜症でも黄体嚢胞でも手術する。
妊娠すると、ホルモンの状態も変化しますが、胎児・胎盤が短期間に成長ます。子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症にも影響が生じ、逆に子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症も妊娠に影響を与ええます。それを順次考えていきましょう。
エピソード2.
60以上の筋腫切除―3度の手術後に授かる
「おめでとうございます。ご妊娠です。よくがんばりましたね」
「ありがとうございます」
「妊娠はされましたが、まだまだ流産やいろいろなことが起こるかもしれません。でも大きな前進です。本当に良かったですね」
Aさんは37歳、社会に出て、仕事に恵まれキャリアを伸ばし、なかなか子どもをつくるひまもないくらい忙しい生活をおくっておられました。ここ数年月経量が多いことに気づき、貧血の度合いもひどく、子宮筋腫による過多月経および鉄欠乏性貧血と診断されました。粘膜下筋腫もあり、子宮筋腫が不妊因子でもあることがわかりました。
そこで大きな筋腫10数個の核出術を受けました。小さな筋腫は残っているのはわかっていましたが、あまり小さなものまで手をつけるのは得策でないと判断したうえでの手術でした。
しかし、しばらくすると再発し、手術を余儀なくされ、さらに再々発により、3度目の手術を受けました。3度目の手術ではかなり小さなものまで摘出し、最初から数えると合計60個以上の筋腫をとったうえでのようやくの妊娠でした。
妊娠初期の経過はおおむね順調でしたが、中期になったところで、急激な腹痛を訴えて来院され、入院しました。調べてみると腸閉塞を起こしていました。筋腫の手術をしたあとの腸管の癒着が原因による通過障害と判断して、絶食と点滴で胎児が育つのを待ちました。
症状がおさまらなければ、腸の手術と帝王切開を緊急でしなくてはならない。でも赤ちゃんはまだ1000gくらいです。極小未熟児でうまれたら大変とヒヤヒヤしましたが、Aさんは妊娠10ヶ月までがんばり抜き、帝王切開で無事出産することができたのです。
お母さんと赤ちゃんが無事に退院するまで見届けて、はじめて不妊治療は成功したといえると思ったしだいです。
[『授かる』(朝日出版社)平成16年10月30日刊行より引用]
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症を合併された方が分娩を迎えられた場合特別な取り扱いが必要でしょうか。通常の経膣分娩が可能か、帝王切開が必要かという問題です。結論からいうと、子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症を合併されているからといって、通常は経膣分娩が可能です。ではどのような場合に帝王切開が必要になるでしょうか、考えましょう。
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症を妊娠前に手術された方が分娩を迎えた時は、熟慮する必要があります。子宮内膜症は別ですが、子宮筋腫、子宮腺筋症では、過去に子宮にメスがはいっているのです。万一子宮の壁に薄いところ、弱いところがあると、陣痛に耐えられず、子宮破裂を起こすことがありえます。子宮破裂を起こすリスクが高い場合、あらかじめ帝王切開をおこなうことは理解できますね。かといって子宮筋腫の手術を受けた方全員に帝王切開を勧めるわけでもありません。それではどこが分水嶺になるでしょう。
頭の痛い話しですが、腹腔鏡下子宮筋腫核出術後の妊娠時子宮破裂の報告にも触れたいと思います。腹腔鏡の技術の問題もありますが、インフォームドコンセント、医師の再教育等多くの課題を含んでいます。
4.子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症と腹腔鏡
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症は必要がなければ、手術をしません。しかし、どうしても手術をしなくてはいけない時は、腹腔鏡をお勧めします。腹腔鏡下手術は主として開腹を回避できることが患者さんに対する侵襲を軽減する最大の理由です。患者さんの術後の疼痛は極めてすくなく、入院期間は短縮され、術後社会復帰までの日数も半減以下になるといえます。これは個人の負担を軽減するばかりか、医療費の節減、社会の負担の節減にもつながるという利点もあります。また婦人科特有の問題として、術後癒着による2次的な不妊症発生がある。腹腔鏡下手術は開腹操作がないため、術後の癒着が少ない点も妊孕性保存の面から大きなメリットとなります。
図3.開腹手術、腹腔鏡下手術の創の大きさと入院日数
答えは、(4)です。
Q4.腹腔鏡について正しくないのはどれでしょう。
1)子宮筋腫・子宮内膜症の手術ほとんどに利用ができる
2)子宮全摘だけでなく、子宮筋腫核出が温存手術できる
3)子宮筋腫でも、子宮内膜症でも術後の癒着は腹腔鏡が少ない
4)ダグラス窩の子宮内膜症等は大きく開腹した方がよく見えて安全である
5)術後相当長期間、妊娠は控えなければならない
エピソード3. 子宮内膜症手術後妊娠
「先生。なんだか変です。生理がきません。」
「月経がこないのは妊娠しているからですよ。腹腔鏡下手術を受けてよかったですね。」
「こんなにすぐ妊娠するものなのですか。信じられない!」
「貴女はお医者さんでしたよね?」
Kさんは32才の女性医師。月経困難症があり、子宮内膜症の診断は5年前に受けました。症状は強くならないため、あまり気にとめませんでした。3年前に結婚しましたが、なかなか妊娠せず、子宮内膜症のことも気になり出して、受診されました。3年間の不妊の原因として、子宮内膜症が浮かび上がり、腹腔鏡による検査と治療をすることにしました。お腹の中をくまなくみると、卵巣の表面や腹膜に小さな子宮内膜症の病変が認められ、電気メスで病変を焼灼する処置をしました。
腹腔鏡の利点としては従来の開腹を避けられることがまずあげられます。術後の痛みもほとんどなく、一日か二日、場合によっては当日退院することもできます。望遠鏡のようなもので、拡大して隅々までみますから、小さな病変も見のがしません。社会復帰も早く、医療費の節減にもなります。今どき、世の中で活躍する女性のリプロダクティブヘルスを守るためにも不可欠なハイテク技術です。Kさんの場合も、仕事も休むことなく手術を終え、普段通りに過ごすうちに、気がついたら妊娠していたという感じでした。
余談になりますが、子宮内膜症の予防、治療には妊娠がいいとよくいわれます。妊娠中は月経がないことと、プロゲステロンというホルモンが大量に働くからだと考えられています。妊娠を契機に、子宮内膜症の症状である、痛みや不妊症もよくなることがあります。Kさんも出産後、体調もよく、仕事、育児を両立していました。2度目の妊娠も特別な治療もせず、自然なものでした。最初の腹腔鏡の御利益と喜んでもらえました。
(「授かる」より引用)
答えは、(5)です。「どこに行けば腹腔鏡下手術を受けられるのでしょうという」質問を受けることがあります。どこに行っても受けられるべき手術ですが、現実問題として、身近で信頼できる医師を探すにはどうしたらいいでしょう。日本産科婦人科内視鏡学会あるいは日本内視鏡外科学会の技術認定を参考にされるのもよいことだと思います。日本産科婦人科内視鏡学会ホームページには技術認定を受けた医師の氏名、所属、連絡先も掲示されています。
UAE子宮動脈塞栓術について
子宮筋腫の手術をおこなわない治療法として、おこなわれるようになりました。いろいろな問題点がありますが、不妊症の方、将来妊娠を希望される方にはお勧めしません。
Q5.子宮筋腫・子宮内膜症から悪性疾患(ガン・肉腫)がでてくることはあると思いますか。
1)子宮筋腫から子宮肉腫、子宮内膜症から卵巣ガンができる。
2)子宮筋腫から子宮肉腫はできないが、子宮内膜症から卵巣ガンができる。
3)子宮筋腫から子宮肉腫はできるが、子宮内膜症から卵巣ガンはできない。
4)子宮筋腫や子宮内膜症から肉腫やガンはできない
5)子宮筋腫から子宮ガン、子宮内膜症から卵巣ガンができる。
答えは、(1)です。
子宮筋腫から子宮肉腫、子宮内膜症から卵巣ガンができる。
5.環境生殖学からみた子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症
20世紀末、多くの人々が漠然と抱えていた疑問、不安が環境問題だったと思います。紀元0年ころは1億か2億であり、20世紀初頭には16億であった地球上の人口が、世紀末には60億を越え、この100年で40億以上の人口が増えました。地球人口の爆発的増加、人類の繁栄がどこまで続きうるのでしょうか。
人口爆発は結果として、大量生産、大量消費、大量廃棄を加速します。環境問題は、具体的に環境汚染・公害という形をとって、われわれの前に目に見える形で警告を与えました。環境を汚染し環境中に蓄積しつつある化学物質の中には、内分泌つまりホルモンの作用を撹乱する物質があることが示されました。その物質は内分泌撹乱物質(日本では通称「環境ホルモン」)と呼ばれています。本日は、時間の許す範囲で、環境問題のなかでも環境ホルモンを取り上げ、「環境生殖学」の立場から、子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症等のエストロゲン依存性疾患と人類の生殖機能についても考えたいと思います。
女性が世代を超えて繰り返すライフサイクルをコントロールするホルモン、その代表がエストロゲンです。このエストロゲンの作用を撹乱する環境ホルモンが忍び寄り、様々な異常(子宮内膜症、子宮癌、乳癌等)を起こしているのではないかといま疑われていることをご存じの方も多いとおもいます。「環境生殖学」は環境ホルモンの脅威を説くものではありません。環境ホルモンという、いままで存在しなかった物質とヒトの生殖機能の関係を学んでいこう、というのが主旨です。それを利用して、生命とはなにか、ホルモンに関連した病気はどうして起こるのか、という大きな問題を究める糸口になることを強調したいと思います。孫子の兵法にならえば、環境ホルモンという敵を知り、己の身体の仕組みを理解すれば、百戦ではありませんが、新しい薬の開発、すなわち創薬や環境と生活の調和にまで視野を拡げていくことができるでしょう。薬も過ぎれば毒になるという意識は広く定着してきていますが、環境生殖学では、毒も使いようで薬になるという発想の転換をはかります。(提供 堤 治)
環境ホルモン
ビスフェノールA
ビスフェノールAは食器や箸や缶コーヒーの容器にも使われている身近な化学物質ですが、環境ホルモンとして作用すると考えられています。最近母体から胎児あるいは乳児への移行が注目され、成長してからの影響も危惧されています。
ビスフェノールAは環境ホルモンとして働きをもち、大人はもちろん胎児も汚染することを私たちは明らかにし、警鐘を鳴らしてきたものです。環境ホルモン学会に置いて、ビスフェノールA等の低用量影響の標的「中枢神経」をメインに最新のデータが報告され、討議されました。細胞や分子、動物レベルの成績が中心でしたが、ヒトの子供の「きれる」ことや大人の「認知症」などとの関連が科学的な根拠をもって示唆されました。これら研究成果は、実際のヒトの疾患の解明や治療法への応用も期待されます。
環境ホルモン学会(日本内分泌撹乱化学物質学会http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsedr/) は、環境ホルモンの研究に関する情報交換や成果の発表の場として、1998年6月に発足した学会です。
「ビスフェノールA基準以下でも胎児に影響」という記事を目にしました。
「プラスチック製品の原料になる化学物質ビスフェノールAが、現行の安全基準以下でも胎児や新生児に影響を与えることを国立医薬品食品衛生研究所(衛生研)などがラット実験で確認した。厚生労働省はこのデータを踏まえ、内閣府の食品安全委員会に評価を諮問する検討に入った。」と毎日新聞が伝えました。米政府もこの4月、「胎児や子供の神経系や行動に影響を与えたり、女子の早熟を引き起こす恐れがある」とする報告書をまとめています。
ビスフェノールAは私たちもこの10年研究を続けてきたもので、様々な研究者が別々な仕事をしてもいつかは真実にいきつくのだとの思いを深くしました。だから科学サイエンスは面白い。上記研究は母ねずみにビスフェノールAを与えて子どもへの影響をみたものです。私たちの研究では受精卵(初期胚)の時にも作用するという成績やヒトの臍帯や羊水にも相当濃度に検出されることがわかっています。世界的な雑誌に報告してきたことは、拙著「環境生殖学入門」でも詳しく説明していますのでご参照ください。
普段はあまり気にかけることは少ないかもしれませんが、地球環境の汚染は大きな問題です。ダイオキシンに代表される人類が作り出した化学物質の相当数が、環境ホルモン(正しくは内分泌撹乱物質ないし内分泌攪乱化学物質)として作用し、野生動物では生殖異変を引き起こし、人類の未来になんらかの影響を与えると考えられます。
一方、最近の医学の話題として、developmental origins of health and disease (DOHaD)という概念が注目を集めています。メタボリック症候群を含め様々な成人期慢性疾患の発症基盤が胎児期の環境に関連するというのです。さらに胎児が胎内環境に応じて出生後の環境を見越したように適応し、出生後の環境とのミスマッチが生じた場合、健康状態が悪化するとされています。DOHaDの概念では、この影響が次世代を越えて3世代にわたることや、女性の健康問題を包括的にとらえようとしている点がユニークといえます。
環境ホルモンの人体への健康リスクやヒトの疾患との関係は不明な点が多いのですが、胎盤を通過して胎児へ移行することや、母乳中に高濃度に存在することが知られ、胎児期の環境に影響を与えることが危惧されています。胎児期被曝が児の性分化や生殖機能に影響を与えることが示唆され、この問題にふたをしては、人類に明るい未来はないと思います。
(提供 堤治)
生殖医療の難しさ
不妊治療にご夫婦以外の第三者から提供された精子・卵子を使ったいわゆる非配偶者間体外受精は、多くの国々では実施されていますが、日本では議論の段階でした。先日、日本生殖医学会はこれを認める方針を示し、兄弟姉妹や友人からの精子・卵子提供も含めた実施条件を策定すると発表しました。
画期的なことですが、非配偶者間の体外受精は、厚生労働省が2003年、「匿名の第三者」に限り認める報告書出しましたが、法制化は進んでおらず、日本産科婦人科学会は慎重な立場を変えていません。従って、一般臨床にすぐにとりいれられるかは、まだ明らかでなく、議論がいるかもしれません。
生命倫理、生殖倫理には100人の人がいれば100とおりの考え方があると思われます。日本学術会議の答申を受けて法制化が進むことでしょうが、受着は生殖医療に携わる者の立場から発言していく必要もあると感じました。
関心のある方は、日本受精着床学会HP倫理委員会報告「非配偶者間における生殖補助医療の実施に関する見解と提言」をご参照ください。
生殖医療に携わって何十年もたちますが、いつもその難しさをかみ締めています。
妊娠の成立には卵子、精子、卵管と子宮が必須と考えられてきました。体外受精は卵管がなくとも妊娠を可能にしました。その応用は卵子提供、精子提供、子宮提供(代理懐胎)という問題を提起しています。
もう一つは生殖医療を必要とする方々は基本的には健康で通常の意味では病気を患っているわけではありません。健やかに社会生活を送られているクライアントの子どもをもちたいという気持ちになかなか答えられない時が、医師として一番辛い時かもしれません。
(提供 堤 治)